看取りとは。

看取りとはもともとは、「病人のそばにいて
世話をする」、「死期まで見守る」、「看病
する」という、患者を介護する行為そのものを
表す言葉でしたが、最近では、人生の最期
(臨死期)における看取りを持って、単に
「看取り」と言い表すことが多くなっています。

公益財団法人 長寿科学振興財団のHPより。


最近、アタクシの周りで、亡くなった方々や、
終末期を迎えている方々が多く、つい、考え
させられます。

実家を処分して、母の施設特別養護老人ホーム)
の近所に部屋を借りたりして、来るべきとき、
つまり、臨終の際を予測して・・・。

母のところへは、タクシーを使えば、10分程度。

ま、そればかりではありませんが。

住宅ローンを抱えて、潰れそうな二階建てに
一人住むよりも、返済してさっぱりしようとも。


入所した際、書類で看取り介護をお願いして
あります。

終末期となって、救急車を呼ぶ症状になったと
しても、利用しないこと。

家族が施設に到着するまでの心臓マッサージは
不要とまで。

現在、母はとても元気で暮らしています。

或るエッセイを読んで、母の最期を慮るのも
いい加減にするのもありかなと思いました。


アピタル:診療所の窓辺から

「できることはした」、それが看取り。

<前略>

「母の臨終に間に合わなかったのが、今でも
残念で心残りです」と随分前に母親を看取った
患者さんがぽつりと言った。抑うつが続く。

「ぼくは父も母も最期には立ち会っていません。
父は妻からのメールが仕事中にありました。
母は明け方、兄からの電話でした。

ぼくはそれまで両親との時間を大事にして、
ぼくのできることはしてきました。
最期の瞬間だけが看取りではなくて、その過程
だと思うのです。

ぼくには悔いはありません。
臨終の瞬間にいるかどうかは問題ではないと
ぼくはずっと思っています」と、ぼくは普通の
言葉で言った。

臨終に立ち会うことが、看取りだとの誤解は
意外と多い。

妻の母は自宅で、カセットテープの童謡を聞き
ながら、最期を迎えた。
妻はそばで穏やかに母の死をひとりで受け止めた。
それも看取り、朝にのぞきに行ったら、呼吸が
止まっていたのも大往生。
病院や施設から連絡があって駆け付けた時には
最期を迎えていても、それも看取りなのだ。

「できることはした」、そう思って残された
ぼくたちは、それからを生きてゆきたい。


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コメント

 コメント一覧 (6)

    • 1. 福童
    • 2019年03月06日 23:39
    • あんず様
      元吉本新喜劇の山田スミ子さんが73歳で亡くなられましたね。
      昨年3月に98歳で母親が亡くなるまで10年間の介護生活を送り、その直後に癌が発見されたった1年足らずで亡くなったようです。
      こういうニュースに接すると、母が先か私が先かは解らんなぁと思います。私が最もヤバいなと思うストーリーは私よりも母よりも先に弟がポックリと逝ってしまうことです。弟は東京に住まいを構えていますから日頃の介護にはさほどの頼りにはなりませんが、彼がポックリ逝ってしまうと、文字通り私が全責任を負うことになる訳でそれだけは避けたいものだと思います。
      母は特養に入る直前は1年間に3回も入退院を繰り返していましたが、特養入所以後は風邪すらもひいていません。施設内で足漕ぎの車椅子徘徊をするため、2回ほど車椅子から転落しましたが、骨折も無し。先日は好物のドーナツを持っていきましたが、お茶も飲まずにパクパクとあっという間に完食しました。
      ウチの母のお尻もあんず様の母上と同様にシワシワのビロビロですが、なんと最近は体重が増加しています。結構エネルギッシュなんですよね。
      母の最期の瞬間に私が存在してるか否か、とても不透明なんですから、あとは野となれ山となれと思うこともある今日この頃です。
    • 2. ロコ
    • 2019年03月07日 11:15
    • あんず様

      「できることはした」
      きっと、これがキーワードなんだろうと思います。

      臨終に立ち会えなかったことに罪悪感や後悔を覚えるって、宗教的な観念なんでしょうか?
      それとも、幼い頃からの日本の習慣に、慣らされているからなんでしょうか?

      私は父の臨終に立ち会うことはできませんでしたが、後悔することも、自分を責めることもありませんでした。
      父の時は、うちの下の子が、私の代わりに殆どめんどうをみてくれたとは言え、できることは滅私でやりましたし、元々情に流され過ぎる性格でありながらも、いざとなったら客観的にものを見る冷たいところがあるからかもしれませんが。

      ただ、性格もあるんでしょうが、ついついしてもしょうがない後悔を感じるのは、それだけ「できることはした」方だからなんだと思います。
      「できることもしなかった子」なら、きっと後悔も感じないだろうと思われるので。


    • 3. ももだよりのもも
    • 2019年03月07日 18:49
    • あんず様ばばがショートから帰ってきました。夜中には私がいるといってうろうろしたそうです。
      でも大事にされて笑顔でかえってきました。
      おんなじ年のかたと仲良くお話したり昨日の夜はおすしだったようですよ。
      介護のプロは違いますね。ちゃんと話してばばを安心されるんですもの
      また来週もいきますよ。
      明日はちょっと遠い心療内科に行ってきます。
    • 4. あんず
    • 2019年03月09日 02:28
    • 福童様、こんばんは。

      山田スミコさん?、ググって写真を見て、知ってる!でした。
      介護中って、自分の健康は二の次ですもんね。
      母達が、私達の健康を気遣うことはありませんものね。
      亡くなった上の義姉は、義姉の母親が、娘を忘れてしまってから
      あの世に旅立ちました。
      彼女もまた、大腸がんでした。
      義姉の母親は、その後、3ヶ月後に亡くなりました。
      福童様のご心配、よくわかります。
      私は上に二人、兄がいてよかったと思っています。
      下の兄は、5年前にくも膜下で突然、亡くなりました。
      母は、もう認知症でしたから、話した一瞬は理解しましたが、
      すぐに忘れてしまう。
      だから、認知症でよかったんですが。
      もし、兄が一人だったら、確かに全責任が私になるんですよね。
      そっかぁー、兄に長生きをするように、健康に気を付けるよう、
      注意しておかなければ!

      そそ、母も老健へ入所後、すぐ、誤嚥性肺炎になり、
      死にかけました。
      しかし、今は、元気。母も転倒しましたが、骨折なし(笑
      在宅介護のときは、お漏らしがひどく、夜中に洗濯することも。
      それが、今は、上手にポータブルトイレを使うし、
      お漏らしなし。 不思議です。
      「結構エネルギッシュなんですよね。」
      その通りです!!
    • 5. あんず
    • 2019年03月09日 02:47
    • ロコ 様、こんばんは。

      できるときに、せいいっぱい、できることをする。
      それでいいんだなと思ってきました。
      私も、臨終に立ち会うということを重要視していましたから。
      思えば、18歳のときに、父が亡くなりました。
      臨終には立ち会ったのすが、翌日から期末試験という状況。
      えー、試験、どうなるんや?と思っていたんですから、
      親不孝な娘でした。
      今も、出来ることをしていると思うことにします。
    • 6. あんず
    • 2019年03月09日 02:51
    • ももだよりのもも 様、こんばんは。

      ショートからお帰りのばば様がご機嫌さんでよかったですね。
      私もほっとしました。1泊では物足りないとおっしゃるといいですね。
      仲良しさんが出来るかもしれませんよ。

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