自らの考えで面会に行かないというわけでは
なく、施設側から来るなって言うんだからと
大手を振ってのストレスのかからない毎日で
ございます。

だから、と言って生活が全く変わるでもござい
ませんが。

むしろ、今までの介護は、どうだったのかと
振り返ってみるものの・・・。


どうしても、思いが母を無理やり施設に入所
させたという後ろめたさに集中してしまう。

母が大腿骨骨折して入院、退院後は施設入所を
余儀なくされることに、以前から、アタクシが、
望んでいたソフトランディングの状態になると
ある意味、ラッキー!と思ったこと。

退院後、家に帰ることなく、老健(老人保健
施設)に直行したとき、母が言ったこと。

アンタ達、アタシを騙したわね。

兄とアタクシを、目を吊り上げて睨みました。

その通り、騙しました。


老健から今の特養(特別養護老人ホーム)へ。

少しずつ、カメの速度で認知症は進行。

午後4時頃になると、帰ると騒ぐ夕暮れ症候群も
この頃ではなくなってきました。

5秒前のことを忘れてしまうようにもなりました。

ただ、帰りたいとは言うものの、食事を目の
前にすると、帰りたいと言ったことを忘れて
食べることに没頭してくれるようにも。


しかし、施設に入所させたという後ろめたさは
変わりません。

一日置きに面会に行くのは、母のためではなく、
後ろめたさを軽くしたいというアタクシのため。

今後、介護が終わったとしても、こうやって、
グダグダと考えるのでしょうか。

001

そろそろ、お迎えを願うのは一緒
で、ご紹介した年上の友人から、風邪を引いた
ときに、お見舞いメッセージを頂きました。


生かして頂けているのだから、心配しなくても
何かあったら連絡が来るし、早めにあなたが
行ってもできることはないと思うわ。

せっかく離れたのだから一人の生活の助走だと
思って!

スポンサードリンク
 
    mixiチェック

コメント

 コメント一覧 (10)

    • 1. ケイ
    • 2019年02月03日 23:11
    • あんず様

      はじめまして。鬼娘・・目が止まり
      お邪魔させて頂きました。
      ひとり娘で 鬼娘は・・ 多分わたし
      母は大阪で独居 年々弱り ヘルパーさんの力を借りて生活しています。
      昨年の6月から訳あって帰省せず
      早?8ヶ月 今のところ順調と思いこんでいる わたしです。母への電話はマメではないです、そろそろ 電話せんとアカンかぁ・・汗 最低の義務は果たしております。6月までは東京🔁大阪行き来していましたが はい、訳あって 今は。
      遠隔操作でも 何とか なるんやわ〜
      なぁんや ほな これで 行きまひょ
      クールな 母親の気質 遺伝子継いでいるお陰で 負担なく (その道を選んだ、実は)過ごせております。 また お邪魔させて頂きますね。
    • 2. あんず
    • 2019年02月04日 01:08
    • ケイ様、こんばんは。

      こちらこそ、初めまして。
      ブログをお読みくださり、感謝です。

      気丈なお母様で羨ましい限りです。
      小学校の同級生で、ドイツ人と結婚した人がいます。
      昨年、亡くなられましたが、お母様が大阪でヘルパーさんに
      来て貰い、デイへ通いながら、自宅で過ごされていました。

      やはり、カメラの遠隔操作で、ドイツから見守り、
      年に一度、日本に帰国していました。
      ケイ様と同じ、ひとり娘でした。
      彼女が、ドイツ人と結婚したときから、
      お母様は覚悟されていたようです。

      心不全の突然死だったのですが、遠隔操作のカメラに
      姿が写らないと、ケアマネに国際電話して、自宅に
      行って貰い、倒れていたのがわかったのだそうです。

      それぞれ、介護の方法があり、正解というものは
      ありませんもの。

      今後とも、よろしくお願いします。
    • 3. はじめまして。
    • 2019年02月04日 07:06
    • 5 ふと、この記事が目について、読ませて頂きました。
      私は、大学を卒業してから約20年ずっと施設介護の仕事をしています。子育てで何年か休職しましたが…。
      私が一番に思ったのは、素晴らしいの一言。
      身内だからこそ、腹のたつこともその一言に傷つくこともあるんです。
      私たちの仕事は、家庭介護のそんなイライラを少しでも軽くするためにあります。
      後ろめたさなど感じず、ゆっくりと過ごして下さい。お母様は、施設におまかせ下さい。
    • 4. ケイ
    • 2019年02月04日 09:24
    • あんず様

      お返事ありがとうございます。

      そうですね。国際結婚で海外で暮らす
      人もたくさん いらっしゃいますね。
      心強いです。励みになります。

      思うんです。近距離 遠距離 とわず・・
      親が高齢である以上は 突然の別れ
      ある日 突然・・ やってくる
      親の死に目に立ち会えないこともあります。ドラマのシーンみたいに
      そんな うまく いきませんね〜。
      それら ひっくるめて 親と向き合っているんですよね。双方の覚悟。

      ちなみに 夫の生まれ故郷は横須賀です
      夫の叔母達 従兄弟達 今も暮らしています。
      お墓もあったので 数えきれないくらい 横須賀は行きました。^ ^

      また おじゃまさせて頂きます。
    • 6. のんきママ
    • 2019年02月04日 20:28
    • あんず様何時もお疲れ様です

      介護半分卒業したと思っておりますが・・

      ひと月に一度実家へ行き
      滞在8日間程 母の病院へ1日置きに面会

      毎回帰りの送迎バスのアナウンスに
      ホッとする わ・た・しです

      母に「このバスに遅れると帰れないからねぇ・・」と、
      言う私 

      冷たい娘ですよね・・
    • 7. あんず
    • 2019年02月05日 00:11
    • はじめまして様、こんばんは。

      ハンドルネームがわからないので、ごめんなさい。
      ブログをお読み下さり、有難うございます。
      特に、介護職に携わる方に見て頂けることは嬉しいです。
      お仕事とは言え、365日24時間、見守って下さること
      頭が下がります。
      ほんに、あるスタッフさんが、愚図る母に向かって、
      「私はプロですから、任せてくださいね。」と
      優しく言って下さったこと、それに感激しました。

      面会に行くと、「アタシは寝ているだけなのに、なんで
      一緒に帰れないの。」と言われてしまい、なんだかんだと
      誤魔化して帰る・・・。そんなとき、後ろめたさを感じます。
      でも、この頃は、すぐに忘れると認知症の症状が進行して、
      帰りやすくなりました。

      今後とも、よろしくお願いします。
    • 8. あんず
    • 2019年02月05日 00:23
    • ケイ様、こんばんは。

      まあ、ご主人様が横須賀のご出身なんですか?
      横須賀市民になって一年。
      ケイ様の方が、横須賀をよく御存じかもしれませんね。

      私も18歳まで、宝塚市に住んでいました。
      小学校の同窓会は、毎年、大阪で、そのドイツにいる
      同級生の帰国に合せて開催しています。

      つい、3日前に、友人のお母様が突然に亡くなりました。
      昔は遊びに行って、お母様ともおしゃべりをしていたので、
      私も、喪失感を味合いました。
      在宅介護だったので、家族に看取られてのこと、
      ついつい、また、母の場合は?と考えてしまいました。

      従姉は仙台に住み、伯母は山形の鶴岡にいて、
      車を飛ばしても2時間で、間に合いませんでした。
      同じ市内にいても、間に合わない場合もあると、
      ほんまに、覚悟の上の生活ですよね。
    • 9. あんず
    • 2019年02月05日 00:29
    • のんきママ 様、こんばんは。

      母の施設の方で、お母様と同じ病気になった方がいます。
      先日、ご家族の方とお話ししたのですが、のんきママ様の
      ことを思っておりました。
      病状が安定されているようで、私も安心しています。

      私も母が、「アタシは寝ているだけだから、一緒に帰る!」と
      言う度に、車椅子生活で、なんで、一緒に生活出来るん?と
      はっきり、言ってしまう冷たい娘ですよ。
    • 10. 福童
    • 2019年02月05日 01:18
    • あんず様
      認知症になった母と一対一で向き合ったあの数年間の後半、正直言って私には母はモンスターにしか見えませんでした。
      ケアマネからは
      「介護保険ってものは介護者の為にあるんですよ」
      「一人介護は必ず破綻します」
      「要介護3になったんだから施設に申込を出しましょう」
      と何度も諭されましたが、私は申込を出せませんでした。でも、それは母が可哀想だった訳ではなく、母が施設に入ることなど納得する訳が無く、そのことによって起きる母との更なる揉め事が嫌だっただけなのです。
      だから、私も母が入院して歩行困難となり、同時に要介護5になった時に狂ったように特養を見学し続け、訳の分からなくなった母を特養に送り込みました。母は全く納得していなかったと思います。でも他に手段は無かったと自分には言い聞かせました。
      歩行困難で更に認知の進んだ母は施設でグルグルと車椅子徘徊を続けています。出口を探しているのです。私はその姿を見ることが苦痛です。だから面会の足が重い。後ろめたくて一日おきの面会をされているあんず様とは大違いの軟弱者です。
      これから先、看取りのゴーサインやら葬儀やら法事やら、課題は山積み。軟弱者の私には重い重い課題です。
    • 11. あんず
    • 2019年02月06日 00:14
    • 福童 様、こんばんは。

      私も母のことを考えると第一に出てくるのは、
      悪魔のようになったときのこと。
      そのときは、骨折をしていませんから、
      ひたすら、トンネルを抜けるまでと思っていました。
      福童様と一緒です。揉め事が嫌というのはよくわかります。
      だから、デイも週二回を一回にして、休みの電話を入れたり・・・。
      そそ、骨折したとき、可哀想と思うより、やった!というのが
      正直な気持ちでした。
      車椅子でも徘徊するのはキツイですね。
      私はすでに、2年前に葬儀の段取りは決めてあります。
      しかし、それが、今もOKかどうか、もう一度、
      教会へ確かめる必要があるのですが。
      場所の確保は私の役目ですが、喪主は兄になるので、
      法事などはどうするかはわかりません。
コメントフォーム
評価する
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • リセット
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • リセット