昨日、火曜日は母の施設(特別養護老人ホーム)
でのボランティアでした。

帰ってくると、パソコンを立ち上げる元気も
なく、毎度ですが、テレビ、ライト、全部、
点けっぱなしで寝てしまいました。

今日、パソコンを立ち上げるまでは、一緒に
ボランティアをやっている方との会話をお話
しようと思っていました。

しかし、昨夜、ブログに頂いたコメントを今、
読んで、急遽、話題を変えます。


ファーマーk様のお母様は、一人暮らしが覚束
なくなった頃から、二人の娘の家で半年毎に、
在宅介護で過ごしておられました。

大阪在住のファーマーk様宅と横浜在住のお姉
様宅と、新幹線で移動されていました。

新大阪駅と新横浜駅での送り迎えはあったに
しても、ちゃんと新幹線に乗ることが出来る
お母様だったのです。

その後、認知症が進行し、在宅介護は無理と
なり、最近、ホームに入所されました。

12月初め頃、誤嚥性肺炎のため、食欲が落ち、
救急車で病院へ搬送、その後は大部屋へ移る
ほどに回復したそうです。

療養型の病院へ転院することが出来るかもとの
ことでしたが。


今母の病室にいます(19日午前0時半頃)。
おととい医師から今日明日と言われましたが
とりあえずおとといの今日明日が過ぎました。

なんとか頑張ってくれてます。
何度も涙が出てきます。


ああ、看取りの実況中継なんだ・・・。

介護中の家族の誰しもが経験する看取り。

今、まさに、終末期の親を介護をしている
家族の方々がいると実感させられるコメント
でした。


アタクシが実家を処分して、母の施設の近所へ
移る決心をしたのも、看取ることを考えての
ことだったのです。

施設に入所させてしまった。
その代り、母の最期の最後まで看ようと。

しかし、近所に引っ越してみると、いざ、何か
あってもタクシーで10分だから、そばについて
なくてもいいっか。施設からの連絡待ちでも・・・。

最初の決心はどこへやらでした。

というのも、今日明日と言われたときの準備が
ないというか、避けたい気分になります。
キツイだろうなあと思うからです。

いつかは、アタクシもその場を経験すること。

ブログを見て下さっている方々の中にも、実際に
経験中、あるいは終了して、年回忌を済ませて
おられることでしょう。

アタクシには、覚悟がまだまだ、出来ていない
というか・・・。

017


アタクシのアパート下は、大きな老人ホーム
です。

今朝、ベランダで布団を干していると寝台車
が停まっていました。

何気なく見ていると、玄関に入所者の方々が
出てきて、そして、棺が出てきました。

そうや、老人ホームやもん。

これでまた、誰かが入所可能になるんやね。


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コメント

 コメント一覧 (6)

    • 1. ひろちゃん
    • 2018年12月20日 16:31
    • あんずさん、うちのケサカ婆様は今は信じられないくらい別人の穏やかな婆様になりましたが、入居してからつい数ヶ月前まではグループホームではケサカ劇場炸裂でしたよ(笑) 介護の仕事やり始めて25年というベテランさんも、もう大変。っとつい言葉に漏らすくらいの珍事件ばかりでした。行くたび色んなエピソードを聞いて今に手に負えないと言われてここに居れなくなるかもしれないといつもビクビクでした。病院に連れていくのも待ち時間喚くのでほんとうに大変だったし。そんな今までが嘘のようです。いったいみんながあたふた翻弄されたのはなんだったのかしらと思えるほどです。ケサカ婆さまはこの先どれだけ生きるのかわかりませんがいつかその日を迎えることでしょう。そのときの私はどんな気持ちなんだろうか。両親や兄弟、昔懐かしいみんなが待っているから安心して行ってらっしゃい。やっと会えるよ。と送り出すんだろうなぁ。
    • 2. 福童
    • 2018年12月20日 22:58
    • 私が母を特養に入所させたのは勢いでした。
      昨年末に、慢性心不全の悪化により母が入院した時も、私は「どうせ1ヶ月で退院だろう」と高を括っていました。
      ところが母は歩行困難となり、途端に医師もケアマネも「もう自宅介護は無理」と私を説得しだし、介護度も要介護3から5に2階級特進。
      取敢えず老健に母を移し、それ行けと発破をかけられて私は特養見学の行脚を連日続けました。
      私だって母を施設に入れたいのは山々でした。でもそんなことを提案したら母はもっと荒れ狂う。それは耐えられない。
      しかし、認知症が更に進み歩行困難になった母を眼前にして、私にはあの暗黒の自宅介護に舞い戻る根性も人情も体力も全くありませんでした。
      特養見学では毎度のように看取り介護についての説明を受けました。終末期と判断すれば病院にも移さず点滴もせずその時を待つ。
      はぁ?それって、私が自宅介護の中で行ったら介護放棄で逮捕されるレベルじゃないの?確かに延命は希望しないけれど、それってそういう事なの?
      頭の中には「?」が飛び交っていましたが、私には立ち止まる余裕はなく、云わばひたすら姥捨て山を駆け登る毎日でした。
      ようやく特養入所が決定し、母は訳が分からないままに特養に移動。母が家に帰ることはなくなりました。
      母がいなくなったら寂しいと感じるのだろうかと思ってましたが、そんなことは全くありませんでした。今、猫2匹と穏やかな毎日です。
      母が最期の時を迎えても、多分私は涙することもなく粛々と事を進めるでしょう。父の最期に際して私は嘆き悲しみましたが、母の時にはそうじゃないような気がします。母の認知症とマンツーマンで向き合った数年間の経験が私を変えたのでしょう。
      介護殺人の報道に接する度に、ああ私はぎりぎりで逃れさせてもらえたのだなと思います。そして、一人で介護を担っている人たちには逃げられるタイミングを見逃さないでほしいと思っています。
    • 3. ももだよりのもも
    • 2018年12月21日 19:02
    • あんず様お母さまの見取りのこと考えてるんですね。
      私の母はまだなにも考えてないです。
      明日も病院にいきます。今日近くの医院に歩いていったら、酸素ファードが低くて脈拍が高くて
      入院ものと言われました。太っているのと更年期で息切れするのかなとおもいます。
      今日は私のおごりでピザとポテトと私はサラダを注文して一足早いクリスマスをしました。
      ばばは認知症がひどくなって明日デーにいくこともわからなくんなっています。
    • 4. あんず
    • 2018年12月22日 00:29
    • ひろちゃん様、こんばんは。

      あのケサカ婆様が、穏やかになったなんて、信じられません。認知症のお薬の効果なのか、はたまた、認知症が進行したためか。穏やかになってくれると、「迎え、たのむ!」と手を合わせて祈ったことがウソのようですよね。私もやっと、好きなだけ生きてくれって感じになりました。今は、亡き父にお願いしているのは、ちゃんと、お迎えに来て、連れて行ってよということです。仲良く、あの世に逝って欲しいものです。
    • 5. あんず
    • 2018年12月24日 03:20
    • 福童 様、こんばんは。

      私も福童様と同じパターンで母を施設に入れました。
      医師とソーシャルワーカーから、歩くことが出来ない、
      車椅子ですから、在宅は無理と言われて、老健へ。
      老健選びから、大変でした。
      入院中は、立ち上がろうとして、ベットも車椅子にも拘束されて、
      母の認知症は、酷い状況でした。
      そのため、大田区の老健の殆どから、受け入れを断られて、
      電話をかけ、見学に行きと、そそ、福童様の特養探しと一緒でした。
      確かに、老健に入るときも、看取りの説明がありました。
      しかし、誤嚥性肺炎となり、入院となりました。
      いざとなると、入院となり、点滴で栄養を摂る、そうなりました。
      でも、今の状態でそうなったら・・・。
      私はどういう判断をするのだろうと思います。

      「 母がいなくなったら寂しいと感じるのだろうか」
      そそ、私も、寂しいと感じるかもと思いましたが、
      在宅介護が10年ともなると、解放感の方が先でしたね。

      どうも、在宅介護を推進されてしまうようですが、
      出来れば、施設入所という救いの手を貰いたいものですね。
    • 6. あんず
    • 2018年12月24日 03:23
    • ももだよりのもも様、こんばんは。

      ブログの更新がないのですが、お加減がよくないのでしょうか。
      通院は、元気でも疲れるものですね。
      先日、無料検診を受けたのですが、そんなに検査項目がなくても、
      疲れて帰りました。
      どうぞ、ご自愛くださいね。
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