胃瘻(いろう、英語表記はGastrostomy)とは
腹壁を切開して胃内に管を通し、食物や水分や
医薬品を流入させ投与するための処置である。
最近では人工的水分栄養補給法と呼称される。

wikipediaより。


造られたおなかの口を「胃瘻(胃ろう)」と
言い、取り付けられた器具を「胃ろうカテー
テル」と言います。
※カテーテル=管、チューブ

口から食事のとれない方や、食べても、むせ
込んで肺炎などを起こしやすい方に、直接胃に
栄養を入れる栄養投与の方法です。

胃ろうは、欧米で多く用いられている長期栄養
管理法で、鼻からのチューブなどに比べ、患者
さんの苦痛や介護者の負担が少なく、喉などに
チューブがないため、口から食べるリハビリや
言語訓練が行いやすいというメリットがあります。

NPO法人PDN(Patient Doctors Network)より。

脳血管障害・認知症など自発的な摂食不能
困難。

神経・筋疾患・頭部・顔面外傷などで摂食不能
困難。

咽喉頭・食道・胃噴門の狭窄による摂食不能
困難。


生きるということで、胃瘻が必要な場合が多い
ことがわかります。

食べることが出来ても、誤嚥性肺炎を繰り返す
場合もまた、胃瘻を行うケースがあります。


母も老健(介護老人保健施設)に入所していた
ときに、誤嚥性肺炎を繰り返して入退院を繰り
返しました。

その都度、当時の老健では、嚥下リハビリを
して、母は口から食べることが出来るように
なり、誤嚥が少なくなりました。

母の場合は、母が持つ生命力というか、リハ
ビリが上手くいった良い例ですが、皆が皆と
いうわけではありません。


以前、住んでいた大田区で、仲良くなった、
介護の先輩であるミモザ様のお母様のケースを
ご紹介します。

ミモザ様は、お母様を在宅介護でご自宅にて
看取りをされました。

胃瘻にしてよかったとおっしゃっていました。

その事情をメールで頂きました。
わかりやすく、まとまった文章なので、ほぼ、
そのままに記載させて頂きます。


今、医者が胃ろうを勧めなくなった事情には、
「意識が全く無いにも関わらず、ただ闇雲に
生かしておくだけの為の胃ろう」は医療費の
無駄遣いとなり、国の財政にも、影響すると
いった、あまり公表出来ない理由が有るから、
で・・・そこら辺は、誰の目にも明らかだと
思います。

勧めない他の理由でもっと大切なのは、

(1)胃ろうを使う事で、患者さんが苦痛を伴う
  という場合。
それは勿論避けるべき事で、その場合は何とか
して口からの食事をトライしてみなければなら
ないと思います。

(2)認知症状が全く無くて、食に関する欲望が
人並みに有る場合も然りです。


母の場合は(1)もなければ(2)も認知症で食事に
興味が無かったこと。
胃ろうをつけた時もその後も、毎日一番近くで
看ていて、何の違和感も無かった・・・。

初めて病院で医者がつけた時も、あっと言う間
で全く苦痛無く済んだこと。


胃ろうをつけるきっかけとなった誤嚥性肺炎で
命が危なくなる以前の2~3ヶ月は、栄養を取ら
ねばならないと必死でかなり頑張って三度の
食事を無理やり食べさせていました。

その頃の母の様子は、見ていて辛かった。
胃ろうにしてからの母の穏やかな表情が何にも
勝る救いだった事は確かです。


つけた後も、人に拠っては合わなくて下痢や
吐き気やその他の症状を起こす場合もあるの
だそうですが、それは全く無しでした。

自宅での年3回程の交換の際も、2~3分程の
その間、すやすや眠っていたぐらいでした。

食事に関する精神的な欲求ですが、母の場合は
認知症のなせる業なのでしょうか。

胃ろうが終わると、「私はもうお腹一杯だから、
あなた達もそろそろお食事にしなさいな。」等
と言うので、思わず可笑しかった事を思い出し
ます。

「ミルク飲み人形」のそれと同じ様子。

母を家で穏やかに見送った今、こと、胃ろうに
関して、「可哀想だ」とか「人間としての
やり方ではない」等々、辛いばかりの印象を
聞いたり目にすると、未だに心穏やかでいられ
なくなる事もあります。

でも、すぐに、自信を持って思い直します。

胃ろうは人それぞれ、悪いばかりでは無いのだ
と、我が母に関しては、それは正しい方法
だったのだと・・・。


このメールを読むまでは、胃瘻については、
良い印象ではありませんでした。

伯母も最期、意識がない上で胃瘻して、亡く
なりました。

ミモザ様が書かれたように、医療費の無駄使い、
余計な延命処置ではないかと思っていました。

胃瘻にしてよかったと言えることが、さらに、
親が生きているだけでいいと素直に言える、
それが、アタクシには羨ましゅうございます。

005

母が誤嚥性肺炎を繰り返したとき、医師から、
もう、年を越せないと言われていたのに。

延命治療はしないつもりでいたアタクシの裏を
かいたのでしょうか。

母なら、やりそう・・・。

現在は、普通食を普通に頂いております。



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コメント

 コメント一覧 (8)

    • 1. mimi
    • 2018年06月16日 11:58
    • はじめまして。こんにちは。あんずさんのブログは2年前より密かに拝読させていただいておりました。
      87歳の母が老健でお世話になり始めたほぼ同時期にあんずさんのお母様が老健に入所され同じような介護状況に置かれた身の私にとって、
      あんずさんやこちらにいらっしゃる皆さまからの情報により今までどんなに勇気や知識をいただいたことか。このような場を設けていただけましたこと感謝しております。

      さて、二日前に要介護4の認知症母が誤嚥性肺炎のため入院いたしました。嚥下機能がかなり低下しており、生死を分ける薬を6年間服用いている為、止めるわけにはいかずひとまず経鼻栄養で治療をお願いしておりますが
      ドクターからは、胃瘻、中心静脈、このまま経鼻栄養のいずれかの選択を問われています。
      あんずさんのこの記事はまさにタイムリーで
      胃瘻については、ミモザ様の場合うまくいったケースもあり胃瘻によって穏やかに終末期を送られる方もいらっしゃるのだと考えさせられました。
      ↓続きます。
    • 2. mimi
    • 2018年06月16日 11:58
    • しかし、一方で終末期に入った認知症、まさに寝たきり不可逆的な状態において医療行為をこのまま続けていっていいものなのかどうかというのも疑問ではあります。
      計算してみましたが入退院を繰り返す母が国から一年間に享受している社会保険料(介護・医療)の合計およそ800万。5年延命すれば4000万以上。団塊の世代が後期高齢者になる2025年問題もすぐそばに迫っています。
      一方で生産労働者の社会保険料は年々負担を強いられており、国民健康保険の年間支払い上限は93万。ほんの15年前は40万でした。これからは放物線を描くように100万越えも当たり前となっていくのでしょう。少子高齢化を国全体で考えこの国の繁栄を望むとき、若い世代に回すべきものを、このままでいいのかと深く悩んでしまいます。
      ちなみに北欧では80歳を超えると治療はせずに緩和ケアをするらしいです。
      とはいえ、医療の進歩により入院数日でみるみるうちに血色も良くなり片言の意味のない言葉を発するようになった母をみると涙がこぼれてきます。
      私も、6年間母に寄り添い、常に母が辛くなく穏やかに過ごせることを第一に考えてきました。
      今は、自然にまかせてと先生にお願いするつもりです。
      キーパーソンという言葉通り、私はまさに母の人生のカギを握る人間となりました。
      私が鍵を閉めれば、母の人生が終わってしまう。重い重い決断を下さなければならない今、とてもやるせない気持ちでいっぱいです。
    • 3. ももだよりのもも
    • 2018年06月16日 20:20
    • あんずさまパソコンとうとう買いました。話は違ってすみません。
      母が部屋を片付けとうるさいようにいってきます。
      そんなにきれいにしないといけないものでしょうか
      ばばがデーから帰ってきてパソコン教えてねといったときどうして2階まであがれるのかなと思ってしまいました。パソコンは私の寝てる部屋にあり本が多いだけです。
      もう手に入らない本もあるので勝手にいらわれたくないです。
      コメントお待ちしています。
    • 4. あんず
    • 2018年06月19日 11:52
    • mimi様、こんにちは。
      こちらこそ、初めまして。
      以前から読んで下さっていたとは、とても嬉しいです。
      「老健でお世話になり始めた」
      その言葉の裏には、いっぱい、大変なことがあったことでしょう。
      認知症、介護、あるある!、ですものね。
      mimi様、そこまで、よく頑張られました。
      でも、これまた、これから、さらにご苦労があるようですね。
      どうか、介護友の方々がおっしゃるように、自分ファーストで!

      実は、これからmimi様が書かれた、経鼻栄養、中心静脈、についても、
      つぶやくつもりです。
      胃瘻処置が一番長生き?するようですね。
      経鼻栄養を、しばらくお父様にしていた友人が、その在り方に、
      意見を持っていました。それを紹介しようと考えています。
      胃瘻にするのは、経鼻栄養の管を引き抜く患者さんもいるからだとか。

      「私はまさに母の人生のカギを握る人間」
      そそ、介護をしているとその覚悟をさせられます。
      私は、母を今の特養に入所させたときに、何もしないという選択に
      サインをしましたので、覚悟しました。
      だから、施設の近所に居て、最期は泊り込むことにしています。
      それで、母の最期を選んだ私のせめてもの罪滅ぼしと思っています。
      こういう考え方、自己満足ではなかろうかと思っています。

      続きます。
    • 5. あんず
    • 2018年06月19日 12:00
    • 医療費の問題、ほんに、これからの社会を担う若い方々への負担を強いていると思います。
      でもね、mimi様、それは、私達の年代から切るところを切って貰う、
      だから、自分の最期を表明しておく。
      そそ、医療の技術はすごいです。
      年を越せないと言われた母が、今は、施設のスタッフさん達が驚くほどの元気さ。

      この前の記事「胃瘻が苦しい?!」
      の中で、キンタロ様のコメントが、mimi様の参考になるのでは?

      お父様は胃瘻をして、半年後に穏やかにご自宅で息を引き取った・・・。
      と、キンタロ様は書かれています。
      回復したお母様が、胃瘻をしても苦痛がないのならば、その選択もありでは?
      「辛くなく穏やかに過ごせること」
      胃瘻手術や、チューブで入れることに苦痛がないのならば、
      ミモザ様のお母様も穏やかに過ごされたとあります。
      もう一度、考えてみてはいかがでしょうか。
      余計なことを言って、ごめんなさい。
    • 6. あんず
    • 2018年06月19日 12:05
    • ももだよりのもも様、こんにちは。
      地震は大丈夫でしたか?
      本が落ちただけで済んだのでしょうか。
      西宮に住んでいる友人が、本箱はたおれなかったけれど、
      雑に積み上げた本が落ちたと言っていました。
      それくらいならよかったですが、食器棚の中が全滅という友人もいました。
      昨日の地震が本震であることを願っています。

      埃があろうと、散らかっていようと、死にゃーせんです。
      それよりも、ご自身体調を大事にしてくださいね。
    • 7. 羽奈
    • 2018年06月24日 18:17
    • はじめまして 昨夏、88歳の母に胃瘻増設を決めた羽奈と申します。
      母は脳梗塞後、嚥下障害が残り点滴・経鼻・胃瘻・何もしない、の選択肢となりました。
      その中で胃瘻増設を決めたのは先生から
      「胃瘻で栄養取りながら嚥下訓練し、食べる楽しみを残すようリハビリしましょう。食事ができるようになれば胃瘻はいつでも外せます。」
      と仰って下さいました。
      「食べる楽しみ・・・」この言葉で決めました。
      現在のところ食事はまだ無理ですがゼリーやプリンを食べることができるようになり、
      「甘くて美味しい」と顔をくしゃくしゃにして言う母を見て「私」が救われております。
      ある介護施設で「胃瘻は延命措置と考えお受入れしておりません」と言われました。
      胃瘻は延命、確かにそうなのでしょう。食べる事が出来なければ次第に衰弱し亡くなる。
      昔は皆そうだったのでしょうが私には餓死の選択と思え、未だに受け止める事が出来ません。
      先生の言葉にすがり希望を持ち現在に至りますがそう遠くない時期に決断をせまられるとても重い課題です。
      高齢者医療の問題が深刻なのはわかります。ですが戦前戦中戦後の激動の時代、物が無く不自由な時代に子供を生み育て、そして復興の礎となった世代は
      「高齢者優遇」されているのではなく、犠牲を伴う多大な貢献をしその対価を受けた、受けている。
      それではいけないのでしょうか。。。(感情的で勝手な意見をお許しください)

      『私達の年代から切るところを切って貰う』
      あんず様の仰る通りだと思います。
      欧米のような選択肢のある生き方が日本でも整備される事を切に願う五十路の私は
      母の終末と自分の終末に矛盾を抱える今日この頃でございます。
    • 8. あんず
    • 2018年06月27日 02:58
    • 羽奈様、こんばんは。

      こちらこそ、はじめまして。
      重い話題に関して、コメントを頂けること、感謝します。
      私が胃瘻のことを知ったのは、羽奈様のお母様と同じ、脳梗塞後、
      胃瘻と気管切開をしたお父様を在宅介護していたチコ様からです。
      「生きる」ためには胃瘻をという話を伺い、これも必要な治療であるという認識を持ちました。
      それまでは、何故、胃瘻までして?、辛い、苦しい状態にするのだろうかと疑問でした。
      嚥下のリハビリが、少しずつ、功を奏してよかったですね。
      母も誤嚥性肺炎で、入退院を繰り返して、年を越せないと言われたとき、
      当時、お世話になっていた老健のスタッフが、丹念な嚥下リハビリをして下さり、
      やはり、プリン、ゼリーを食べられるようになり、だんだんと食事も出来るようになり、
      今や、普通食となりました。
      きっと、お母様も食事が出来る状態になられることでしょう。
      羽奈様の選択は正しかったということですね。
      私はミモザ様の、「とにかく、母には生きていて欲しかった」という言葉に
      胃瘻の必要性がわかりました。
      決して、感情的で勝手なことではないです。
      多分、もし、母が羽奈様のお母様と同じ状態になれば、私も胃瘻を選ぶと思います。
      「食べる楽しみ」
      今、施設で穏やかに過ごしているのも、食べることが楽しいからなんでしょう。
      事実、母は、「ここは食事が美味しいのよ。」と言っています。

      すみません、とりとめもない内容になってしまいました。
      早く、お迎えをと仏壇に手を合わせる反面、長生きを、とも思う矛盾も抱えています。
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