長谷川式認知症スケールで有名な長谷川和夫
先生が、自ら認知症であると公表されたそう
です。
お弟子さんの病院へ行き、検査をした結果、
嗜銀顆粒(しぎんかりゅう)性認知症とか。
母流に表現すれば、頭の横で人差し指をクルクル
と回して、
偉い先生でも高齢となると認知症になるものね。
認知症といっても、以前よりも細かく色々な
タイプに分かれており、また、人によっては
様々な症状で、明確にコレということはない
と思います。
実際に、母の「長谷川式認知症スケール」検査
では、知っている野菜について、医師が感心
するほど羅列しました。
確かに、アルツハイマー型認知症と診断される
だけに、特有な症状もありました。
初期には、幻聴、幻覚があり、レビーのような
症状があったり、乳癌の摘出手術の際には、
総合失調症だと言われました。
アルツハイマー型認知症の寿命は、10年から
15年と言われていますが、すでに、母は15年
が経過しました。
確かに瞬間の記憶力がここ数年、落ちました。
しかし、語彙力は健全です。
長谷川先生が発症したという、このなんとかと
言う、難しい病名の認知症の症状は、母の症状と
一緒なんです。
高齢発症で記銘力障害が前景に立つが進行は
緩徐で易怒性、性格変化など前頭側頭葉変性症と
類似の症状を呈し、周囲への配慮能力を欠いた
自己中心的な行為が目立つ。
そそ、症状の進行度は非常に遅い。
もの忘れ程度のココちゃんのお母さんが入院
して、母以上に進行してしまいました。
母と同じ頃に発症したブログ友のお父様が、
1年で一気に進行して、亡くなられました。
骨折して入院したときは、担当看護師に対し、
頬を引っぱたく暴力患者でした。
今の施設(特別養護老人ホーム)では、隣に
座っていたKさんを泣かせてしまいました。
スタッフさんによると、ヒステリーを起こす
ことがときどきあるのだそうです。
こうやって母の事例を並べてみると嗜銀顆粒性
認知症やん!と思ってしまう。
暴力をふるう、怒りっぽい、って母の元来の
性格がなせる業だったのかと思っていました。
そうなんや、これは病気のせいやった。
わかったところで、認知症は認知症であること
には違いない。
ミック君のお母さんの妹さんが言うように、
認知症という病気なんだからということ。
10年以上、病気なんだからと思ってきたことが
今になって変わることもない。
ただ、進行度は、緩徐(かんじょ)、つまり、
ゆっくりと病気が進行すること。
って、アタクシを忘れてくれるのも遅いって
こと。
コメント
コメント一覧 (4)
うちの親をみてるだけでも、同じ「認知症」と言われるものでも、ずいぶん違うとおもいます。母は、認知症と医者に言われてから18年。父は、ひいき目にみても認知症が始まってから数年後に医者に改めて認知症だと言われ、それが6年前かな。
母の進行が緩やかだったので、まあとりあえず父の様子は注意しつつみていこう、と思ってるうちにあっという間に進行しました。
父は歩いたり食べたりの体を動かす機能がどんどん衰えましたが、母はこの3月になってからも怒りまくって「歩ける」と言い張り歩行器で食堂に歩いていきました。ヨロヨロして奇跡的に転倒しなかったレベルですけど。
3年近く前にMRIを取ると、脳のなかでも「関心領域」といわれるところ(意味はわかりませんが、認知症に顕著に影響がある部分だとおもいます)が、父と母とでは違ってました。父はずいぶん萎縮していて、母は関心領域に限れば萎縮はほぼ見られない、という結果でした。ただし、脳全体の萎縮は母のほうが進んでました。
18年前に母を認知症と診断した医者から、説明のとき海馬がどうとかでアルツハイマーだと聞いたような気がするのですが。18年前には萎縮してたのに、それから15年たったら、他の場所も萎縮して相対的な萎縮はあんまりなくなってたんでしょうかね。
不思議なことだらけ。
私30年ばばの世話してるんです。いつまで続くやら昨日は一日寝てました。
でも焼肉食べたんですよ。おいしかったです。年に2.3回しかしないのでよりおいしくおもえました。日本舞踊の世話20年にその間老人会の役してたのでその世話胆石もってたので
毎日お見舞いにいってました。4日母と交代でつきました。
ばばの世話のしどうしです。あんず様もお母様の世話在宅で10年したんですよね。
大変でしたね。今日はサブトンを3枚も野菜くれた人にあげていました。
ばばの小遣いと私の小遣いでかっているサブトンを編んでくれてありがとうもない母です。
お母様は18年になるんですか・・・。
母は15年。
paku様のお父様のこと、いまだに忘れられません。
母と同じような症状だったのが、あっというまに認知症後期になり、
亡くなられてしまわれた。
それからすると、お父様もお母様より進行が早い。
男女差なんでしょうか。
食べない、飲まないというお母様が、少しずつ、飲食するようになり、
ふらつきながらも歩行器を使われるなんて、
回復というか、その力も凄いものがありますね。
そそ、不思議です。
おなじアルツハイマー型でも、多少、トンチンカンでも会話が出来る母。
骨折で入院した際に、叫んだ言葉「悪の巣窟」。
認知症が進行しているはずなのに、よく言えたもんだと思いました。
ほんと、脳のどこが、萎縮しているか、人によって様々なんですね。
今、そして、これから、もっと認知症は詳細に病名がつくんでしょうね。
でもねえ、認知症は認知症、
長谷川先生が「痴呆」という言葉を「認知症」に換えた。
名前を換えても症状は同じです。
今日、19日はもも様のお誕生日ですね。おめでとうございます。
歯医者さんへお出かけとのこと、お疲れになったことでしょう。
ばば様はもも様がいなければ、長生きされなかったでしょうね。
ご家族にとっても、もも様は大事な方だと思います。
うちもうちで、色々あります。お互い様ですよね。
ザブトンを編めるばば様は素晴らしい。
何もしたくないという母より、ずっと、素晴らしいです。