中学・高校のクラスメイトが、この一年で、
3名、天に召されました。

毎年11月に、その年に亡くなったシスター、
教職員、卒業生の追悼ミサをあげています。

カトリックでは、典礼暦年の最後の月に当たる
11月は、死者の月とされているからです。

お別れを言いたかった友人がいたので、ミサに
参列しました。


3名のうちの一人、85歳のお母様とお嬢さんが、
遺族して来て下さいました。

死因は?と聞くと、不整脈からの心臓疾患が
原因だったようでした。

ご主人が脳梗塞の発作を起こし、そのまま、
寝たきりになってしまったそうです。

どうも、介護疲れからの不整脈だったようよ。


それを聞いたとき、このブログにコメントを
お寄せ下さった、チコ様となごみ様のことを
思いました。

なごみ様は、ご主人様を20年以上介護されて
いました。

チコ様は、お父様。
懸命にリハビリをされていましたが、口から
食べることが出来ずに、胃ろうを取りつけて
在宅介護となりました。

お母様は心臓が悪く、ご両親を看ることに。


介護は高齢者だけではなく、むしろ、心身に
障害がある場合の介護のほうが、大変なんだ
ということを、チコ様から教えて頂きました。

胃ろうがあるために、家族が24時間痰を吸引
しなければなりません。

思うようにならず、吸引する管を噛む父親を
噛みつきガメならぬ、カメ父と称して嘆く娘。

そのお父様も体調を崩されて、旅立たれました。

すべてが終わったあと、チコ様も具合がよく
ない状態になられたようです。

介護は身体的・精神的に過酷であると言っても
過言ではないと思います。


介護疲れからの不整脈という友人には続きが
あります。

友人が亡くなってから4か月後に、ご主人様も
後を追うように亡くなられたそうです。

一気に、ご夫婦を亡くされたご家族の皆様。

85歳になって、娘と婿に先立たれたお母様。

しっかり、娘の同級生の名前を憶えておられ、
一人一人に、ご挨拶下さいました。

002

一瞬しか覚えていない母のほうが、幸せかも、
つくづく思いました。

母は、次兄夫婦のことはもう忘却の彼方。

ってことは、アタクシが先に逝っても、その
ときは嘆くかもしれませんが、忘れてしまう
かもしれませんね。

だったら、先に逝くのもありかも。






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コメント

コメント一覧

    • 1. レイジ
    • 2016年12月01日 20:58
    • あんず様
      お元気で何よりです、さんまさんではないですが、生きてるだけで丸もうけです。最後まで生きていれば、気に入らないやつのお墓の前で、色々言えますよ。まあ、死んだからといって楽になるかはわかりませんし。
      私事ですが、ミカンが色付きました、美味しそうですが、可愛くて食べる気になりません。先生も親もそうですが、手のかかる子ほど後になってから可愛くなるものです。私は、独身なので自分の子供のことはわかりませんが、昔指導した出来の悪い後輩はよく覚えています。それに、どうも自分が苦しいと思っているのは、みんなそう思っているようです。
      自分だけ苦しいのではなく、みんな平等に苦しいようです。楽しそうに見える家族も今は楽しいかもしれませんがその人にしてみると苦しみを抱えているものです。
      私もそうですが、いまは、生きているだけで丸儲け隣の芝は今日当たりがいいだけだと考えるようにしました。
      死んでしまうと戻ってこれないようですよ、死んだ方が今より苦痛かも。
    • 2. りん
    • 2016年12月04日 12:02
    • ほんとに、先の見えない介護は、苦痛です。
      先にぽっくり逝けたらなんて、時々思ってします。

      レイジさまとは、死生観が違いますが、
      臨死体験をしたクリスチャンの方が、僕は死ねのは怖くないよ牧師に言われたそうです。
      はじめて牧師になられて、お葬式の礼拝をされた方の言葉で、
      一度死にかけたときに、お花畑の向こうで、お母様と隣にイエスさまらしき方がまだ、
      来てはいけないと言われ、気づいたら看護師さんが心臓マッサージをして下さっていたそうです。
      その方は、まもなく亡くなられたそうですが、クリスチャンに限らず、臨死体験をされた方は、同じようなこと(お花畑、先に逝かれた身内のこと)をおっしゃるそうです。

      私は、それが、どうとか、わかりませんが、高齢者を看ている今の自分には、
      心に残るおはなしでした。

    • 3. あんず
    • 2016年12月05日 03:18
    • ペコロス課長レイジ様、こんばんは。
      おっしゃる通り、死んだから楽になるのは、私自身。母が死んでも、楽にならないと思っています。
      ミカンが色づいて、可愛い。育てたからそう思われるのでしょうね。鑑賞して食べないのもいいかもしれませんね。今日(4日)は一日寝ていました。お蔭で、今はすっきりしています。しかし、寝ている間も夢を見ています。電車に乗ったけれど、降りる寸前に、切符がどこへ行ったかわからない。やっと降りて乗り換えだけど、乗換口がない。こんな焦る夢ばかり。目が覚めてホッとしました。そんな夢を見ながらでも、寝たことはよかったようです。規則正しい生活をしなくてはと思います。
    • 4. あんず
    • 2016年12月05日 03:29
    • りん様、こんばんは。
      在宅介護のときは、施設に入ってくれれば、とすんごい期待をしていました。
      しかし、入所しても一緒。ああ、でも、在宅よりずっとマシです。
      でも、毎日、よく眠れず、睡眠導入剤に頼ったりして。
      兄によると、亡き義姉がもう余命がいくばくもないとわかったとき、
      「これから遠くへ旅に出る。」と言ったそうです。
      見知らぬ世界へ行くのですから、私も怖いです。
      お花畑を見たという人は多いですよね。
      熱心な仏教徒の友人が言うには、お釈迦様が迎えにくるというけれど、
      それより、亡くなるときは、祖父母、両親、すべての関係者が総出で
      お迎えに来て、賑やかなんだそうです。
      母にはそういうふうに言っています。
      しかし、認知症が進み中期になったときは、「死への恐怖」より、
      「死ぬことを忘れている」ほうが強いような気がしました。
      私も、ポックリ逝きたいです。
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