あの家は、アタシのお金で買ったのよ。
だから、アタシの物なのに、Yちゃんは一言の
断りもなく、住んでいるのよ。
認知症初期に、財布や現金、貯金通帳、印鑑、
宝石類などの高価なものを「盗まれた」と、
訴える「物盗られ妄想」が症状が出てきます。
「財布を盗んだ」とは言いませんでしたが、
義母から貰った指輪の石をアタクシが偽物の
石とすり替えたと、散々言われました。
そして、自分の実家は自分のお金で買ったと
言い張ることでした。
指輪はその都度、実物を見せれば、一時は、
何も言わなくなりました。
実家については、何度も説明するも聞く耳を
持たずというか、納得することはありません
でした。
むしろ、悔しがって兄嫁のことを口汚く罵る
始末。
アタクシは、そういう母が物凄く嫌でしたし、
一日に何度も言われて、うるさいと怒鳴った
こともありました。
東京大空襲で中野の家が全焼。
結局、父方の実家を頼って疎開したと聞いて
いました。
女学校を卒業した母は、すぐ上の姉と一緒に、
海軍省にお勤めをしていたそうです。
あの家はね、アタシとかおちゃん(すぐ上の
姉の名前)の海軍省の退職金で買ったの。
だから、アタシの物。
買った時に、ママは所有権を主張したん?
だって、その時はそんなこと、知らなかった
んだもの。
その後、お爺様が亡くなって、兄弟姉妹5人で
遺産相続したときに、ちゃんと売買の経緯を、
説明したん?
・・・・・。
確か、幾ばくかの現金を、三姉妹が貰ったと、
ママは言ってたわ。
でも、それを、かおちゃんに渡して、実家の
お墓の供養に充ててくれと頼んだって言って
たやん。
物盗られ妄想は、記憶障害や思考能力の低下
で、お金の管理が出来なくなり、忘れたこと
を盗られたと思い込むからだ言われています。
また、本人が不安に思う事が妄想となって、
それが物を盗られたという訴えに、繋がって
くる場合があります。
戦後の苦労が、「実家は自分のもの」という
考え方になったのでしょうか。
その実家の兄嫁さんが先週亡くなりました。
兄は外せない出張があるとのことで、行って
参りました。
精進落としの際に、従兄達に、母の変わった
物盗られ症状の話をしました。
そうね、叔母様は戦後ご苦労なさってたもの。
それが、そういう症状を引き起こしたのかも
ねえ。
一番年上の従姉が、そう言ってまとめてくれ
ました。
母の実家への執着心を、跡を継いだ従兄に、
言っておきたかったんです。
夜行バスで鶴岡に入りました。
葬儀まで、時間があったので、母の実家の
お墓参りへ。
タクシーで菩提寺まで向かうも、土砂降り。
傘も持ってこなかったし、どないしようと
思いました。
ところが、お寺に到着したら、雨が上がり
ました。
ああ、祖父母が喜んでくれたんだと、一人、
悦に入っていたアタクシでした。
コメント
コメント一覧 (8)
盗られ妄想と、人の悪口は特に聞いていられないですね、脳機能が低下するので、イライラしてくるのでしょうね、認知症の初期とゆうか、体調が元気な認知症の人に多くみられる症状なようにみえます。赤ん坊でも暴れると手が付けられないので大人だともっと大変ですしね。
そういえば、燕の話ですが、コンビニの巣は改築中で、日夜頑張っているようです。でも、秋の子供は、体力が付かないうちに渡りなので、帰ってこれないのも多いと聞いています。
あんず様も、時間をもう少し調整して、執筆を進めないといけないですね、ブログもかなりの読者の皆様がおられるので、本にしてもいけそうですよ、頑張ってあんず様、人生意外と短いようですから。
あんず様、みっちゃんママ退院よかったです。うむむ、減らず口と傲慢は元気な認知症の証と思いましょう。家族はトホホなのですが・・しょうがない・・・ほんとトホホ・・ですね。
ケサカ婆も、毎回お見舞いに行くたびすごいシナリオライターになってます。
この間は、「あのね、私(ケサカ)がここに来るときバスに乗ってきたときに隣にいた暴力団の人に私がいらん一言いったもので私は連れて行かれ監禁されとった。アンタたち警察から聞いて来たか?」なんて言う。「はぁ?ここは病院よ。そんな暴力団の人とか妙な人が自由に勝手に出入りできないところよ。普通に食事して、体調管理してもらい、デイケアみたいにレクレーションして過ごして、お世話する人は看護師さんや作業療法士さんなど病院関係者ばかりよ、なんか変な夢でも見たんじゃない?そんなことありえないし、それにここに来るときは私達と一緒に来たし、一人でバスに乗ったりもしてないし・・。」というと「・・・そうかねぇ。私は一回家に帰って2,3日前にここにバスで来たと思うたが。。。」という。チンプンカンプン??なこと言う。認知症病棟なので家族の面会時に都度都度は入り口を施錠するのでそれをみて監禁された。と思い込んだのか?みっちゃんママの囚われの身と同じなんでしょうねぇ。
ケサカ婆の関心は自分の故郷の実家(生家)のことばかり。「明日あたりもう帰ろうかと思うてね。」というので「どこに?」と聞いたら「○○県の私の生まれた家よ。あそこしか帰る家はないけねぇ。」とのたまう。アチャ><。やっぱ、○○県の実家しか頭にないのか・・。59年福岡県に住み暮らしてきたのに、記憶の彼方。「おかっちゃんは元気しとるか?」「みっちゃん、なっちゃん、えみちゃんも変わりないか?」・・アータのお母さんは33年忌も終え、姉たちはみんなあの世に行き何年も経つのに・・・。薬物療法もあるので家に居たときのように自分の言うことに間違いない!と激高したり発狂したかのように喚くなどはなく、「・・・そうかねぇ・・私はそんなこともわからんようになっとるん?」で感情はとどまっているようです。
母方の実家のお年寄りは、この伯母が最後。でも、はとこが住んでいるので、空家にならずに済んでいます。
認知症になると、理性がなくなりますね。「悪口を言う」、これは母の元来の性格に思えてなりません。
ツバメは渡り鳥でしたね。もし、渡れなかったら、おうちの中においでって言いたくなります。
お久しぶりです。
ご心配をおかけしました。一応退院しましたが・・・。日によって、元気なときと、そうでないときがあります。「減らず口と傲慢は元気な認知症の証」、はい、そう思うようにします(笑。
ケサカ婆様も母と一緒で、病院は監獄なんですね。母の場合、夜間の拘束がない、車椅子に安全ベルトをしない、それだけで、いいみたいです。それにしても、ドラマチックですね。ほんと、ドラマのシナリオですね。今度はどんなお話を聞かせてくれるのでしょうか。
もし、母が歩けていたら、ケサカ婆様と同じく、どんどん脱いでいったでしょう。◇薬のおかげかもしれませんが、穏やかになられてよかったですね。 グループホームの入所、おめでとうございます!そこで、病院と同じく穏やかにシナリオを書いていて欲しいですね。ひろちゃん様も来月入院とは!今は体調を崩されないように、ご自愛くださいね。